2009年11月11日
おひさしぶりです^^
皆さんおひさしぶりです、加晴です。
生きておりますよ!
いろんな方にご心配おかけしました~。
今、卒論に追われてばたばたしております、インタビューさせていただいた方の記事も、まだアップできていない状態です、すみません!!
今日、このブログでもご紹介した聖音さんにお会いして、またガッツリ元気をもらってきました^^
やっぱり、人と会うことが、わたしのストレス解消だなあと、つくづく思っています。
早めに記事のほうもアップします。
それではまた!
生きておりますよ!
いろんな方にご心配おかけしました~。
今、卒論に追われてばたばたしております、インタビューさせていただいた方の記事も、まだアップできていない状態です、すみません!!
今日、このブログでもご紹介した聖音さんにお会いして、またガッツリ元気をもらってきました^^
やっぱり、人と会うことが、わたしのストレス解消だなあと、つくづく思っています。
早めに記事のほうもアップします。
それではまた!
2009年09月10日
おごじょ伝説 第5回 金田みちよさん

子供の頃、図工の時間に粘土で使ったことのある人は多いのではないだろうか。
自分の存在のままに、変幻自在に形を変える物体。
その独特な感触と、どこか懐かしいにおいが、思い出とともによみがえる。
「ねんどって癒されるでしょ?私は毎日癒されているの。」
そう語るのは、鹿児島を拠点にクレイアーティストとして活躍する金田みちよさんである。
鹿児島出身の金田さん。
23歳のとき、単身渡米してマスコミ関係の仕事を始めた。
1992年、ニューヨークでクレイアート活動を開始。その後アメリカ各地でクレイクラフト教室を開催する。
97年に日本に帰国した後も、多数のテレビ、CM、イベントなどで作品がとりあげられている、
世界的にも有名なクレイアーティストである。
「火山灰がいやで(笑)、同居できないなと思ったので。」
鹿児島からアメリカに飛び出した理由を、そう笑い飛ばす。
最初に選んだ場所はカリフォルニア。
しばらくカリフォルニアで暮らした後、アメリカを横断してニューヨークに「修行」にでた。
しばらくマスコミで働いた後、思った。
「アーティストになりたい。」
数ある選択肢の中から選んだもの、それが、ねんどである。
97年、「ねんどでいろんな人を救っていけるんじゃないかなと思って、」日本に帰国した。
ねんどには「癒し」の力があるという。
ねんどで遊ぶことによって、ゲーム漬けの子供たちには、人とのつながりを。
ストレス過多の企業戦士には、童心にかえることのできる時間を。
お産を控える妊婦さんには、胎教の一環に。
高齢者には、認知症防止として。
聞けば聞くほど、そして触れば触るほど、奥深さがみえてくる、ねんど。
金田さんがねんどを選んだ理由がわかる気がする。
「すべては人脈だと思うんです。」
渡米した時、仕事を探した時、鹿児島に帰ってきた時。
いつも人脈に助けられた、そう語る。
96年には、世界各国で活躍する人々を対象とする人脈作りの会「CTN(クリエイティブタレントネットワーク)」を立ち上げ、
自分だけではなく、他の人にも、人と人とつながりを提供している。
(CTNのホームページはこちら。現在、鹿児島でも開催中です!)
一度世界に飛び出し、名実ともに大きくなって帰ってきた金田さん。
鹿児島で、一歩を踏み出す勇気が出ない方へのメッセージとして、
「芽をつむのも、育てるのも自分。やればできる、それだけかな。」
と答えてくれた。
大胆で度胸のある性格。
しかし、作品をみると、女性的な暖かさを感じる。
男性的な面と、女性的な面を持ち合わせた、女性。
それが金田みちよさんなのだ。
世界をみて、世の中を知って、鹿児島で何かをするために戻ってくる。
歴史をすこし覗いてみると、そんな熱き心の持ち主が、ここ鹿児島には、多くいたことがわかる。
金田さんをみて、彼らを思い出した。
そしてきっと、鹿児島はこんな人を求めているのだろう。
地球色のねんどをこねながら、そう思った。
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金田さんの主催するこねこねランドのHPはこちら↓
http://coneconeland.com/
金田さんのブログも要チェックです↓
http://blog.livedoor.jp/coneconeland/
鹿児島インターネットテレビ(徳丸洋子さん主催)でも、金田さんが紹介されています♪
http://www.isp-kikaku.com/
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2009年09月08日
おごじょ伝説 第4回 藤田惠子さん
現代において、私たち日本人が着物を着る場面は限られている。
夏祭り、成人式、冠婚葬祭に、お正月。
このすべてに和装で臨む人すら少ない。
そんな時代にある女性はこう言う。
「私は365日、きものなんですよ。」
言葉のとおり、シックなきものに身を包んで微笑む女性、
チャームブライダル代表取締役、藤田惠子さんである。
「シルクは人の体と90%同じなんですよ。だから心地良いんです。」
藤田さんの経営するチャームブライダルは、和装・洋装両方を取り扱う、シルクの婚礼衣装専門店である。
現在は、きもの教室をはじめ、美容技術、婚礼支度からチャームブライダルの経営と、
多くをその一手に担っていらっしゃる。
始まりはきもの教室だった。
主婦から一転して、子育てをしながらの着付け講師。
自分の時間が持てる夜中の10時から12時まで、同じような境遇の女性を中心に教室を始めた。
「社会の中で働くことが、自分の平常心を保ってくれていたんでしょうね。」
藤田さんの言葉から、「主婦」という役割の大変さを思い知る。
その後、カルチャーセンターの講師としても経験を積み、
自らも美容師免許を取得して、トータルに婚礼支度を提案するように。
現在代表を務めるチャームブライダルは、好きでやってきたことの延長だと、藤田さんは言う。
「人生の中で、成人式や結婚式、お葬式、たくさんの儀式がありますけれど、
”ふたり”で行う式は、結婚式だけなんです。そんな人生の中での特別な式を、本当に心地よく迎えていただきたいんです。」
だからこそ、チャームブライダルでは、シルクのドレスにこだわる。
冒頭の言葉のとおり、シルクは動物タンパクできているため、着ていて心地よく感じるのだそうだ。
女性だからこそできる、繊細な提案。しかし、女性だからこそ、ぶつかる壁もある。
鹿児島では男性経営者のほうが、信頼されやすいという現実。
この現実に彼女は立ち向かう。
「信頼してもらうために、まず顔を覚えてもらうこと。そのためにも、私は毎日きものを着ているんです。」
小柄な藤田さんが凛として見えるのは、単に和服であるからではないのかもしれない。
チャームブライダルに営業マンはいない。お客の大半が、口コミで訪れるのだそう。
「母のような気持ちで、花嫁さんのお手伝いをしているんです。」
その姿勢が、また新たな花嫁さんを惹きつけるのだろう。
加晴
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藤田さんが代表を勤めるチャームブライダルのホームページは、
http://www.charm-w.jp/
です^^。
ぜひご覧ください♪
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2009年08月21日
エネルギー
こんばんは。
加晴です。
先日、これまた素敵な女性に、卒論関係でお話を伺ってきました。
「おごでん」(←「さつまおごじょ殿堂」の略ですよ、勝手に。笑)の取材をするときにも
思うことなのですが、
誰かの「夢」の話を聞くと、すごくわくわくします。
夢を話している方からは、きっとものすごいエネルギーがあふれていて、
そのエネルギーがそばにいる人間のスイッチをオンにしてしまうんじゃないかな、
だからそばにいるだけで自分もわくわくするんじゃないかなあ、と、思っています。
H子さん、素敵なお話、ありがとうございました^^
これからも、いろんな人のエネルギーを、素直に、敏感に、感じられる人間でいたいな~。
加晴
加晴です。
先日、これまた素敵な女性に、卒論関係でお話を伺ってきました。
「おごでん」(←「さつまおごじょ殿堂」の略ですよ、勝手に。笑)の取材をするときにも
思うことなのですが、
誰かの「夢」の話を聞くと、すごくわくわくします。
夢を話している方からは、きっとものすごいエネルギーがあふれていて、
そのエネルギーがそばにいる人間のスイッチをオンにしてしまうんじゃないかな、
だからそばにいるだけで自分もわくわくするんじゃないかなあ、と、思っています。
H子さん、素敵なお話、ありがとうございました^^
これからも、いろんな人のエネルギーを、素直に、敏感に、感じられる人間でいたいな~。
加晴
2009年08月09日
おごじょ伝説 第3回 徳丸洋子さん

NPO代表、有限会社の取締役、インターネットテレビ局局長という、
3つの肩書きを持つ女性。
はたまた、
2人の小学生を子どもに持ち、
「わたし、ペーパードライバーなの~」
と、ふわふわとした雰囲気で笑う女性。
一見相反するように見える2人の女性。
しかし、徳丸洋子さんは、この相反するような2つの顔のどちらも持ち合わせている、
なんとも素敵な女性である。
わたしが「さつまおごじょ殿堂」をはじめる少し前、
あるホームページとの出会いがあった。
鹿児島で活躍している様々な人を動画で世界中に紹介しているサイトである。
「鹿児島で頑張る人を応援したい」
わたしがこのブログの開設を決めたそんな動機と同じ気持ちで活動している人がいる。
まだ見ぬ「女性局長」の名前に、心躍らせたことをよく覚えている。
それが、鹿児島インターネットテレビ(詳しくはこちら。)であり、その局長として取材から編集、配信まで一手に負っているのが、局長、徳丸洋子さんだ。
鹿児島市出身の徳丸さん。
平成17年に設立したISP教育企画のホームページに、
面白いものを載せたいと動画掲載を始めた。
それが「鹿児島インターネットテレビ」の始まりである。
季刊配信の形で行っている鹿児島インターネットテレビは、今年、4周年を迎える。
「取材も編集も、なんでも自分でやってます。」
パソコンやインターネット関係の知識・経験が何もない状態から始まったインターネットテレビ。
「パソコンとか、機械の操作、苦手なの。」
そう笑う徳丸さんだが、その出来は圧巻。
第3回目以降の映像の編集作業は、すべて自身で行っているというから驚きである。
また、平成15年、「現在の医療形態を変えたい」という強い想いから、
これまた知識・経験ゼロにも関わらず、心理カウンセラーを目指し始める。
しかし徳丸さんには「知識・経験ゼロ」をカバーするだけの行動力がある。
カウンセラーを志した直後に、心理カウンセラー養成講座と放送大学に入学。
大学在学中には大学院の単位も併せて取り終え、認定心理士の資格を取得。
そして平成18年、NPOいじめ対策プロジェクト(詳しくはこちら。)を立ち上げた。
「『死にたい』という顔をしてやって来た子どもが、帰るときには笑顔になって帰っていく。
そんなとき、続けていてよかったな~と思います。」
自身も幼いころにいじめを受けた経験を持つ徳丸さん。
「周りに助けを求められない子どもたちを、一人でも助けてあげたいんです。」
その笑顔には、一寸の迷いもない。
忙しい毎日。辛いことはないですか、と尋ねると、
「辛いことを、プラスに考えるようにしてます。」
と微笑む。
これこそが、多くの事業を手掛ける徳丸さんの元気の秘訣、なのだろう。
徳丸さんを見ていると、
「わたしにはできないかもしれない」
という気持ちがスッと抜けていく。
その代りに、
「わたしにも何かできるかもしれない」
という気持ちが、静かに、穏やかに、湧いてくるから不思議だ。
経験も、知識も、確かに大事なのかもしれない。
それでも、徳丸さんは言う。
「何かを本気でやりたいという気持ちが一番大事だと思うの。」
徳丸さんにはまだまだ夢がある。
彼女ならきっと、その夢をひとつ残らず実現させていくだろう。
なんたって彼女は、「知識・経験ゼロ」という壁を軽々と乗り越えてゆく、
スーパーウーマンなのだから。
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そんな洋子さんの毎日を綴っているブログ「心の扉open your heart」もぜひごらんください^^
「心の扉open your heart」→http://shacho.isp-kikaku.com/
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2009年07月30日
おごじょ伝説 第2回 聖音さん
「のだめカンタービレ」という漫画をご存じだろうか。
その漫画の中で、音大生である「のだめ」がピアノを弾くシーンが度々登場するのだが、その楽しそうなこと。
抑えることのできない「音楽が好き」という気持ちが、内側からあふれ出ている弾き方。
漫画ながら、私は「のだめ」の大ファンだ。
そんな「のだめ」と、その姿が重なって見える女性が、ここ鹿児島にいる。
シンガーソングライター、聖音さんである。
鹿児島県吉松町(現湧水町)出身の聖音さん。
高校卒業後にニュージーランドへ留学。
2007年に帰国し、音楽活動を開始した。
現在は、鹿児島を中心に、ピアノ弾き語りで自作のオリジナルソングを歌っている。
聖音さんの歌を初めて聞いた時、その澄んだ声にわたしはすぐに惹きこまれた。
正直、なぜ全国区ではなく、この小さな鹿児島で活動しているのか疑問に思うほどだった。
吉松町出身の彼女は、田舎で育つ若者の多くと同じように、
「ここには何もないんだ」と思いながら育った。
そんな彼女に転機が訪れる。
「中学生の時に中国に行ったんですけど、外の世界に初めて出た時に、
『私は鹿児島が好きなんだ』って確信しましたね。」
歌う時と変わらぬ澄んだ声で、聖音さんはほほ笑む。
「ニュージーランドに行く時も、鹿児島に帰るんだって決めてました。帰って鹿児島の役に立つんだって。」
その言葉のとおり、現在は「歌」をツールとして地域貢献を目指し、県内の様々なイベントで活躍中だ。
2008年には、およそ48回の定期ライブを達成した。
今年の8月22日には、まちづくり推進団体の表彰を受けた「KOSHIKI ART PROJECT」の中の「じょうやま音楽祭」に参加する予定である。
そんな彼女は、今年2月、新たなプロジェクトを始動させた。
その名も「幸歌(さちうた)プロジェクト」。
結婚式や誕生日、卒業記念などに、世界で一曲しかない「歌」をプレゼントするというプロジェクトだ。
聖音さんと依頼主が一緒に曲を作り上げるスタイルをとる。
現在幸歌プロジェクトを広めるべく、精力的に取り組んでいる。
「歌をツールにして、人と人をつないでいきたい。」
これからの夢を聞くと、すぐにその答えが返ってきた。
「人との出会い」を最も大事にしているという彼女らしい答えだった。
最後に、音楽って何ですかという質問に、
「わたしの支えです」
と答えてくれた。
お言葉ながら、聖音さん、
あなたの前向きな歌詞とその歌声を支えとしている人が、きっとたくさんいるはず、
そうわたしは思います。
2009年7月29日
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そんな聖音さんのブログ(イベント情報もあります!)はこちらです。→http://lovemusic.chesuto.jp/
幸歌プロジェクトについては、mixi内にコミュニティもあります。
ぜひいちど、聖音さんの歌をお聞きになってください^^
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その漫画の中で、音大生である「のだめ」がピアノを弾くシーンが度々登場するのだが、その楽しそうなこと。
抑えることのできない「音楽が好き」という気持ちが、内側からあふれ出ている弾き方。
漫画ながら、私は「のだめ」の大ファンだ。
そんな「のだめ」と、その姿が重なって見える女性が、ここ鹿児島にいる。
シンガーソングライター、聖音さんである。
鹿児島県吉松町(現湧水町)出身の聖音さん。
高校卒業後にニュージーランドへ留学。
2007年に帰国し、音楽活動を開始した。
現在は、鹿児島を中心に、ピアノ弾き語りで自作のオリジナルソングを歌っている。
聖音さんの歌を初めて聞いた時、その澄んだ声にわたしはすぐに惹きこまれた。
正直、なぜ全国区ではなく、この小さな鹿児島で活動しているのか疑問に思うほどだった。
吉松町出身の彼女は、田舎で育つ若者の多くと同じように、
「ここには何もないんだ」と思いながら育った。
そんな彼女に転機が訪れる。
「中学生の時に中国に行ったんですけど、外の世界に初めて出た時に、
『私は鹿児島が好きなんだ』って確信しましたね。」
歌う時と変わらぬ澄んだ声で、聖音さんはほほ笑む。
「ニュージーランドに行く時も、鹿児島に帰るんだって決めてました。帰って鹿児島の役に立つんだって。」
その言葉のとおり、現在は「歌」をツールとして地域貢献を目指し、県内の様々なイベントで活躍中だ。
2008年には、およそ48回の定期ライブを達成した。
今年の8月22日には、まちづくり推進団体の表彰を受けた「KOSHIKI ART PROJECT」の中の「じょうやま音楽祭」に参加する予定である。
そんな彼女は、今年2月、新たなプロジェクトを始動させた。
その名も「幸歌(さちうた)プロジェクト」。
結婚式や誕生日、卒業記念などに、世界で一曲しかない「歌」をプレゼントするというプロジェクトだ。
聖音さんと依頼主が一緒に曲を作り上げるスタイルをとる。
現在幸歌プロジェクトを広めるべく、精力的に取り組んでいる。
「歌をツールにして、人と人をつないでいきたい。」
これからの夢を聞くと、すぐにその答えが返ってきた。
「人との出会い」を最も大事にしているという彼女らしい答えだった。
最後に、音楽って何ですかという質問に、
「わたしの支えです」
と答えてくれた。
お言葉ながら、聖音さん、
あなたの前向きな歌詞とその歌声を支えとしている人が、きっとたくさんいるはず、
そうわたしは思います。
2009年7月29日
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そんな聖音さんのブログ(イベント情報もあります!)はこちらです。→http://lovemusic.chesuto.jp/
幸歌プロジェクトについては、mixi内にコミュニティもあります。
ぜひいちど、聖音さんの歌をお聞きになってください^^
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2009年07月16日
おごじょ伝説 第1回 乗越貴子さん
初対面の人に、不思議な感覚を抱くことが稀にある。
その人の持っているペースに、自分が飲み込まれていく感覚だ。
それは決して不快なものでなく、極めて心地が良いもの。
例えば、初めて出会った音楽に、無意識に体を揺らすような感覚。
乗越貴子さんは、そんな感覚を与えてくれる女性だ。
埼玉県出身の乗越さん。
鹿児島に引っ越してきたのは2005年のことだ。
大学在学中に、「地域」の面白さに目覚め、岐阜の地域活性化に関わる。
現在は、鹿児島の株式会社ワンネットで、
「マイピク」という、アートクリエイターとお客をつなぐツールを普及させるべく働いている。
(「マイピク」の詳細はこちら。)
2007年には、若者異業種交流会「12°」を立ち上げた。
「180°は無理でも、12°くらい人生が変わるような会」というコンセプトのもと開かれているこの交流会には、
毎回違う顔ぶれの社会人や大学生が多く集まり、締め切り前には定員オーバーしてしまう、
鹿児島でも人気の交流会として知られる。
そのほか、毎年夏に甑島で開催される「KOSHIKI ART PROJECT」のPR部隊としても、精力的に活動している。
(「KOSHIKI ART PROJECT」の詳細はこちら。)
「地域っておもしろいと思うんだよね~。」
鹿児島に住み始めて4年目になろうとする乗越さん。
大学の卒業論文では「地域の起業家教育」をテーマにしたほどの「地域好き」。
そんな彼女のモットーは、「好きな町で、好きな仲間と、好きなプロジェクトをすること」。
カレーのスパイスが香るお店の中で、スパイスよりも刺激的な乗越さんにお話を伺った。
「今までやったことは、全部好きなこと」
と笑う乗越さん。
彼女のプロフィールを見せていただいた時に、そのパワフルさにただ驚いた。
交流会12°の主催。OSHIKI ART PROJECTのPR部隊。
自分の仕事に、雑誌LEAPでの「乗越人」の連載。
ここまで手広く活動できる、その原動力は何なのか。
「”好き”っていう気持ちじゃないかな。」
乗越さんは言う。
そういえば、乗越さんに初めて出会った「12°」でも、
「人をつなげるのが好き。」
と話していたことを思い出す。
そのほか参加されているイベントすべてに、”好き”という気持ちから関わっているのだと、
彼女の表情、話し方から感じることができる。
生きていく上で大事にしていることは何かという私の質問に、
「ストンと腹に落ちてくる瞬間かな」
と答えてくれた。
やりたいな、と思っていたことが、ある時腹にストンと落ちてくる。
そんな時、よしやろうと、ある意味腹をくくるのだと、笑う。
乗越さんの話を聞いていると、人間はこんなにもシンプルに動けるものなのだと思わされた。
「年齢を重ねるにつれて、人にどう思われているかが気にならなくなった。」
という彼女の言葉のとおり、人からどう思われるか、ではない。そこに見返りが存在するか、でもない。
ただ、”好き”だと思う気持ち。
その気持ちのままに、伸びやかに行動している乗越さんを、うらやましい気持ちで見つめる夜だった。
2009年7月16日
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そんな乗越さんの主催する12°のHPはこちらです⇒http://juunido.exblog.jp/
また、「さつまおごじょ殿堂」は、KOSHIK ART PROJECTも応援しております。
左サイドのバナーからも飛べますので、ぜひ^^
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タグ :乗越貴子さん
2009年03月10日
はじめましてのごあいさつ^^
はじめまして、
鹿児島に「晴れ」を「加える」女、加晴です~^^。
現在、鹿児島の大学に通う、生粋の「さつまおごじょ(はんなり。)」。
鹿児島弁を自由自在に操り、
体内の水分のほとんどが焼酎のお湯割り、という、なんとも「かごしま」の血が濃ゆい(←「濃ゆい」は「濃い」の鹿児島弁、だそうですね、最近知りました。笑)女です。
そんなわたしがこの「さつまおごじょ殿堂」を開設したきっかけ。
それは、鹿児島の「今」を多くの人に知ってほしい、という思いからです。
少し、わたしの話をさせてください^^(あ、拒否権は一切ありませんのであしからず。うふふ。)
わたしはもともと、鹿児島の「ある部分」が、大・大・大嫌いでした。
その「ある部分」とは、
未だに根強く残る、「男尊女卑」の風習。
小さい頃から、
「鹿児島で女んこが○○になれるわけがないがね」
「女は働かんじ、家にいればいいんだが~」
といわれるたびに、がっかりしていました。
私は、テレビドラマに出てくるような、バリバリ働くキャリアウーマンになりたかったし、
男の人とも肩を並べて競い合うつもりでした。
しかし、それが鹿児島では無理なのだ・・・
そう考えるたびに「将来は絶対に鹿児島をでるんだ!」と心に誓っていました。
しかし、大学三年の夏、無謀にも飛び出した、一人日本縦断の旅で、
(ほんとうに無謀。生きて帰れたことが不思議。摩訶不思議。)
素晴らしい出会いをたくさん経験しました。
訪れた十六都道府県のいずれの場所にも、いきいきとした最高な人たちがいることに気づいたのです。
そして、旅を終えた時、ふと、
「鹿児島にも、もしかしたらおもしろい人がいるかもしれない」
という考えが頭に浮かんだのです。
その後、まるで神様の引き合わせかのように、
多くの、すてきな出会いが、ここ、鹿児島でありました。
そして、その中の多くの方が、私と同じ、女性だったのです。
彼女たちは、「鹿児島を自分の手で盛り上げよう」と、
熱い思いのままに行動していました。
わたしのように、「鹿児島は男尊女卑だからだめだ、外に出よう」という考えの方は一人もいませんでした。
ひとりひとりが、本気で鹿児島を変えようとしていたのです。
わたしは、彼女たちと会うたびに恥ずかしさをかんじ、
同時に、彼女たちを応援したい、という思いを抱くようになりました。
そして、生意気ながらも、そうすることで、
「自分の力で鹿児島を元気にしていきたい」、
そう思うようになったのです!(超ド級のなまいきっぷり^^; いんだがいんだが。)
今、鹿児島の女性たちが動き出しています。
長い間、「男尊女卑」によって蚊帳の外に置かれていた女性たちが、
声を上げ始めています。
そして、そんな彼女たちを、受け入れ始めている、鹿児島の姿があります。
わたしは、このブログを通して、
「女性が元気な鹿児島の今」を多くの人に知っていただきたいと思っています。
かごしまって、ほんとうにおもしろいところですよ!
(いちどきてみやぁんせっ^^)
さぁ、かごんまのおなごんしぃー!
あたいらで、かごんまを元気にしていっがー!
あたいな、しんかぎぃ応援すっからよ~!
加晴でした^^
またね^^
鹿児島に「晴れ」を「加える」女、加晴です~^^。
現在、鹿児島の大学に通う、生粋の「さつまおごじょ(はんなり。)」。
鹿児島弁を自由自在に操り、
体内の水分のほとんどが焼酎のお湯割り、という、なんとも「かごしま」の血が濃ゆい(←「濃ゆい」は「濃い」の鹿児島弁、だそうですね、最近知りました。笑)女です。
そんなわたしがこの「さつまおごじょ殿堂」を開設したきっかけ。
それは、鹿児島の「今」を多くの人に知ってほしい、という思いからです。
少し、わたしの話をさせてください^^(あ、拒否権は一切ありませんのであしからず。うふふ。)
わたしはもともと、鹿児島の「ある部分」が、大・大・大嫌いでした。
その「ある部分」とは、
未だに根強く残る、「男尊女卑」の風習。
小さい頃から、
「鹿児島で女んこが○○になれるわけがないがね」
「女は働かんじ、家にいればいいんだが~」
といわれるたびに、がっかりしていました。
私は、テレビドラマに出てくるような、バリバリ働くキャリアウーマンになりたかったし、
男の人とも肩を並べて競い合うつもりでした。
しかし、それが鹿児島では無理なのだ・・・
そう考えるたびに「将来は絶対に鹿児島をでるんだ!」と心に誓っていました。
しかし、大学三年の夏、無謀にも飛び出した、一人日本縦断の旅で、
(ほんとうに無謀。生きて帰れたことが不思議。摩訶不思議。)
素晴らしい出会いをたくさん経験しました。
訪れた十六都道府県のいずれの場所にも、いきいきとした最高な人たちがいることに気づいたのです。
そして、旅を終えた時、ふと、
「鹿児島にも、もしかしたらおもしろい人がいるかもしれない」
という考えが頭に浮かんだのです。
その後、まるで神様の引き合わせかのように、
多くの、すてきな出会いが、ここ、鹿児島でありました。
そして、その中の多くの方が、私と同じ、女性だったのです。
彼女たちは、「鹿児島を自分の手で盛り上げよう」と、
熱い思いのままに行動していました。
わたしのように、「鹿児島は男尊女卑だからだめだ、外に出よう」という考えの方は一人もいませんでした。
ひとりひとりが、本気で鹿児島を変えようとしていたのです。
わたしは、彼女たちと会うたびに恥ずかしさをかんじ、
同時に、彼女たちを応援したい、という思いを抱くようになりました。
そして、生意気ながらも、そうすることで、
「自分の力で鹿児島を元気にしていきたい」、
そう思うようになったのです!(超ド級のなまいきっぷり^^; いんだがいんだが。)
今、鹿児島の女性たちが動き出しています。
長い間、「男尊女卑」によって蚊帳の外に置かれていた女性たちが、
声を上げ始めています。
そして、そんな彼女たちを、受け入れ始めている、鹿児島の姿があります。
わたしは、このブログを通して、
「女性が元気な鹿児島の今」を多くの人に知っていただきたいと思っています。
かごしまって、ほんとうにおもしろいところですよ!
(いちどきてみやぁんせっ^^)
さぁ、かごんまのおなごんしぃー!
あたいらで、かごんまを元気にしていっがー!
あたいな、しんかぎぃ応援すっからよ~!
加晴でした^^
またね^^

